その時がきた 写真コラム
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書籍名 その時がきた
シリーズ 単行本
著者 山本夏彦
初版発行 平成八年七月二十五日 〔1996年〕
紹介版 平成八年七月二十五日 初版
発行者 佐藤隆信
発行所 株式会社 新潮社
ISBN 4-10-341308-5 C0095
定価 1,300
255
印刷所 三晃印刷株式会社
製本所 大口製本印刷株式会社
装画 堂本尚郎
装幀 新潮社装幀室
初出誌 「週刊新潮」 平成五年十二月十六日号〜平成八年二月八日号
かいつまんで言う  「週刊新潮」連載「夏彦の写真コラム」の新しいシリーズ4冊の第1冊目。
 最後の「一寸先はヤミがいい」は、山本氏の鋭い表情の写真が表紙を飾るので装画が堂本
尚郎氏の本は3冊だが、前シリーズ程の豊潤なイメージはない。
 また、写真コラムにもかかわらず、写真が入らなくなり普通の本となった。
 ただ、「あとがき」に『連載は八00回を越えたから十六年をすぎた勘定で、担当者も変った。
変れば編集も装丁も変ることかくの如しである。相談はうけたから別段不服はない。』そうである。
ただその上に、文庫本化もなくなり、残念である。
 相変わらず新聞を観る目は情け容赦なく切れが鋭いが、「あとがき」で自分のコラムを『それ
でも痛烈だの辛口だのではない。痛烈というのは大新聞みたいに、自分のことは棚にあげて
他を難じることである。自分がその席に座っていれば必ずやもらうだろうワイロを、座っていな
かったばっかりにもらわなかったからといって、あしざまに論難するのを痛烈という。』であり、
その上で『私はいつもその席にいればもらう人として発言しているつもりである。』があり、それが
人を惹きつけ共感を呼ぶのであろう。
 同じく「おぼえているのは悪い人」にも『前の大戦の時も新聞はわが国をあらぬところへつれ
去ったが、次回もつれ去るだろうと言っても蛙のつらに水である。新聞の命はインキの匂いの
するまでの二時間である。あとは書き手も読み手も忘れる。読み手が忘れることをあてにして
新聞は書いているのである。』とあり、私達も「茹で蛙」にならないように気を付けないと。
 「何よりも正義を愛す」の書き出し『自分の国の悪口を、自分の国の子供の教科書に書く国民が
あるだろうか。あるのである。わが国の教科書には日本及び日本人の「非」が山ほど書いてある。
一以て貫いている。古くは日清日露の戦役まで侵略戦争だと書いてある。』から「三面記事として
書くから分らぬ」の最後『硬軟両様いま我々はあらゆるブラックボックスのなかにいるのである。
それにかかわらず平気の平左なのは食べられるからである。貧乏がなくなったからである。
食べられる限り国民は怒らない。まして革命はおこさないのである。』と平気の平左であるあり
ようを見詰める眼は冷たい。
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